海外生活21年。国際結婚19年。母親15年。西オーストラリア州のパースに8年。リンクフリーです。


by ellie6152
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カテゴリ:14歳( 4 )

息子の進路を考える


ちょっと前に、息子は15歳になったわけだが
オーストラリアの学年で10年生。
そろそろ最終学年の12年生の次を考える時期が来た。
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両親を含めた進路説明会が開かれたり
個人面談があったりと
次第に身辺が慌しくなってくる。

大学進学組、職業訓練校組、就職組と11年生でクラス分け。
11年生で学校教育を終え、早々社会に出る子もいる。

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わたし自身、自分のやりたいことが
いつまで経っても分からなかった。
日本でも大学と名の付く学校は出たが、
勉強するという心構えなどまったく無く
もちろん将来の予想図や計画も何も無かった。

ずっと長いこと、そして今でも
本当に自分がやりたいことが決まらない。
試行錯誤しながら模索し、勉強し始めたのは
35歳を過ぎてから・・・・・・。

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現在大学に行けるほどの成績も意欲もない息子には
「大学は勉強したくなった時に行けばいいからね」
と言ってある。
きっぱりと、「大学は勉強する場」と教える。

親であるわたしが年取った大学生をして
目を三角に吊り上げて勉強する姿を見ているので
かなり説得力があると思う。

ダーリンも大学再入学組みだし
周りは、驚きの職歴や勉強をしている人で溢れている。
うちが特別というわけではない。

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勉強したくなければしなくてもいいし
したければすればいい、というスタンス。
この点については、身をもって経験済みなので
焦りもしないし、期待もしない。
ひとそれぞれ

ここでは
いい大学を出たから良い仕事に就ける保障はないし
学歴は無いけど、手に職を持ってる人が
優雅な生活を楽しむことができる社会。
日本と違った構造が成り立っている。

ただ、勉強したくなった時は
いくつになっても勉強はできるものだということを
教えておくことは必要だと思うし
学ぶ楽しみを見せることもいいことだと思う。

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亡くなった父は、「人生一生勉強」がモットーだったし
実際彼は死ぬ間際まで、いつも勉強していた。
「信じられない!」
と思っていた勉強嫌いのわたしも兄も、
結局、ふたりともが35歳過ぎてから大学院の門をくぐった。


日本での受験戦争や成績至上主義は
わたしから見れば恐ろしい世界。

人生が始まったばかりの早い時点で
自分の将来のポジションが見え
今がダメだからお先真っ暗。
もうどうにでもなれ!
と自暴自棄になるかもしれない。

子供には、今しか、見えてない。
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世界は広い
人間の可能性はそれよりも大きい

ひとそれぞれ違って当たり前

「その時」はきっとやって来る
それを察知できる感覚を育て
未来への明るい希望を与えることは

社会がどうこう言う以前に
親と周りのオトナの役目であると思う。

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人生はオリンピックの短距離レースではなく
地道に走り続ける観客無しのマラソン
子供の未来も、子育ての結果も
ゴールは遥か彼方にあるような気がする。
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by ellie6152 | 2008-09-04 09:59 | 14歳

息子の場合


自閉症息子Mr.15歳は
彼の障害のせいなのか、はたまた性格だからなのか
上達や競争という観念があまりない

運動会では

「なぜ人よりも早く走ることがいいことなのか?」
「なぜ、みんな一斉に走るのか?」

という疑問があったようだ。

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ゴールを目指して一目散に走る友にはお構い無しに
コースから逸れて、ちょっとしたパフォーマンスで皆の笑いを取り
注目を集めたことで満足することが
彼にとっての「競争」。

レースに勝って嬉しい、という気持ちがないので
負けて悔しい気持ちも生まれない。

勝った子が喜んでいると
一緒になって喜んであげたり

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空手も「護身」という自己防衛のために
わたしが「やらせて」いたのだが
何年経ってもいっこうに上達しなかった。

こちらの学校では、水泳が必修の授業で
必ず泳げなければならない。
水泳教室も集団レッスンだと
周りの子のやる気を失くさせるので
結局、個人レッスンをお願いしていた。
一応溺れずにすむくらいまでは
辛うじてマスター。

テニスも個人レッスンに付けたが
打って楽しいというのがなく
転がっている球を拾うだけで
「一体なんの為にお金を払っているのか?」
仕舞いには馬鹿らしくなって止めてしまった。

楽器もだめだった


本人は
「上手くなりたい!」なんて
これぽっちも思っていないかったから
何をやっても上達しない



そんな彼に最近
初めて、ものすごく興味のあるものができました。
親としては、本当に嬉しいことです!

まずは学校の美術の授業
嬉々として学校に行きます。
自由に描くということが楽しいらしく
美術の成績はいいです。

それでも
「こうしなさい」という基礎的なことを強要されると
ダメなのですね。


それと、「釣り」!
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ダーリンと毎週土日に二人で
色んな場所へ釣りに行きます。
暇さえあれば釣れる魚の図鑑を見たり
釣りのDVDを繰り返し観たり・・・・
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それも「男二人」、結束しています。
ものすごく仲がいいです!
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あまり外出するのが、好きではない子ですが
釣りは毎日でも行きたいくらい好きな様子。
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男二人が今、一番欲しいもの。
もちろんボート!
現在物色中
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おかぁさんは思案中・・・・・・
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by ellie6152 | 2008-08-23 22:04 | 14歳

キングコング・サイズ


我が家のMr14歳は現在、身長が181センチ。

手足が長いのか、既成のジーンズの裾だとツンツルテンのことが多い。
買い物嫌い&試着嫌いの為、仕方なくわたしが洋服買出し部隊となるが、テープメジャーを持ってズボンの裾の長さをいちいち計らなければならない。
裾が長ければ裾あげすればいいが、短いのは継ぎ足すわけにはいかない。

それよりも、自分が生んだ子ながら、その足の大きさに驚く。
彼の脱ぎ散らかした靴はまるで座礁した船のようで、わたしはよくそれにつまずく。
今履いている靴がUSサイズの12、もちろん大人用。
日本だと30センチ。
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(隣はわたしの靴で子供用23センチ)

それでも「もうワンサイズ上のほうがいいなぁー」と最近言い出す始末。
細身なので素足だと、まるでスキーを履いているかのようだ。
ダーリンは彼の足を、「ダイバーの足ヒレ、フリッパー」と形容する。

足が大きいのは事実だが、それよりも足の指がスラリとしてとても長い。
なんだか見るからに器用そうな足の指なのだ。
第3、第4の手になり得る可能性を秘めたような、上手にナイフとフォークでステーキ肉を切れそうな、そんな指のかたち(どんなんだ?)。

幸いにもガイジンは通常足がデカイので、そのくらいのサイズの靴は結構あるし、そんなこと言ってからかうダーリンもまた似たようなサイズだ。
昔日本でダーリンが靴を買おうとした時、その頃の日本では大きなサイズがなくて靴屋で「両国へ行ってくれ」と追い払われた。

息子が生まれて間もなく友人からプレゼントされた革靴は、11ヶ月で歩き出した時には、足はすでに靴の倍くらいのサイズで、一度も履けなかった記憶がある。
頂いた時は素敵な靴だったので、その靴を履いてヨチヨチ歩きをするわが子をよく想像していたものだ。

小学校の3、4年生頃には、彼の足の成長の早さについてこれなかった一度も履かなかった彼の靴のお下がりを、母親のわたしが履いていた。
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(鏡に映ったわたしと息子の足)


昔、息子が生まれる前にインドへ行った事がある。
その時の、見世物物乞い軍団の中にひとりの少年がいた。
その子が観光名所からバスまでの移動の際、走るわたしたちに伴走し自分の足を見せるのである。
その足が奇形で、小さい体に似合わない象サイズの足に、テニスボール大の足の指。
わたしの横をドスドスと音を立てながら走った。
その足が目に焼きついて離れなかったのだ。

息子がお腹の中にいた時に、「どうか普通の足が付いていますように・・・」って願っていた記憶がある。

幸いにも普通の足だったが、14歳で30センチでまだまだ大きくなりそうなその足、ここいら辺で打ち止めにして欲しいと母は願う。
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by ellie6152 | 2007-07-03 17:20 | 14歳

自閉症の交友関係

Mr.14歳、今日はズル休み。

少し風邪気味っぽくもあるし、こういう時は持病の喘息の発作も出やすいけど、本当の理由は人間関係。
14歳は軽度の自閉症で社会と上手に付き合ったり、普通の何気ない基本的な概念(時間の経過とか季節とか)が頭では理解出来ても、それが普通の人と違って自然と身に付かない。

自閉症と言っても本当に傘が広くて、この診断に行き着き、そしてわたしたちが納得するまで10年以上の歳月を費やしたし、数知れない検査や様々な種類の多くのスペシャリストの門を叩いた。

14歳の場合は知能は普通だけど、外部から入ってくる情報が、すんなりと脳の中で濾過されて、それぞれのインデックスに仕分けられ、あるべき情報の引き出しに順序よく仕舞えない。
最初は言葉の遅れがサインだった。
だから言葉を遣う段階になると、全ての引き出しから全部の情報をひっぱり選択しなければならないという、非効率かつ重労働の作業が必要とされる。
最近はコツを覚えたので、言葉の遅れは無くなったが、複雑な会話になると貝のようになる。

自閉症だけどものすごく社交的で、パーティーは大好きだし食事は大勢で食べたいし、学校のキャンプとかの行事や人が集まるところは大好き。
友人は数こそ多くないけど、優しいお人よしなので誰からも好かれる。
持っていた「自閉症」のイメージにはそぐわなかったし、今でもスペシャリストの間では診断に賛否両論がある。
社交的ゆえ病名がハッキリしなかった。
まぁ名称やカテゴリーは本当はどうだってよいし、特別クラスに入るほど悪くないごく軽度なもので、普通の中に入ってもやってゆける。
ただ病名が付いた方が周りの理解がグンとアップするので、親としてもそこまで納得するまで葛藤はそれなりにあったと思う。
病名が何であれ、彼は彼であることは変わりないし、障害はひとつの個性だと理解している。

親の口から言うのもナンなのだが、14歳は身長181センチで手足が長く外人顔で外人体型のイケメン。
日本で一緒に歩いていると、だいたいモデルクラブからお誘いがある。
こちらでも歩いていると、他校の女子学生がチラチラと視線を送ってくるし。

でも、話しちゃうとアウトなのだ。
どうも話が噛み合わない事に気が付いてくる。
それでもちゃんと彼のよさを分かってくれる子は、必ずどこかにいると思っている。
心がすごく綺麗だから。

7歳からの親友は、わが14歳の本質を知っているので、学校が違ってもずっと仲良しでいてくれるし、14歳もものすごく友達想いなので、彼のことをとても大切にしている。
見ていて微笑ましい関係なのだ。


さて、今回の14歳のズル休みの理由は、カレッジに入って一番仲良くなった友達のせい。
彼とは知り合って1年半ほど経つが、毎週のようにわが家へ泊まりに来ていた。
大人の前ではコロッと態度が変わる。
彼は、幼い頃に親に捨てられ養父母の所を転々と変わっている傷を抱えているが、顔は天使のように温和で可愛い。
この彼の情緒不安に自閉症の息子が振り回されてしまい、混乱してしまうのだ。

皆の前では14歳を虐めてみたり、二人になると優しくなったり、突然怒り出したり、泣いて14歳にスガッってきたり。
なんだか「ワガママな愛人」みたいな言動なのだが、普通の人を理解するのもままならない14歳が、こんな上級者を手の上で転がすことなんて無理。

彼のこんな行動も確かに理解できるし、なぜそんなことをするかも分かっている。
その子の可愛い顔をした裏のしたたかさも、大人でありさらに親であるわたし達にはちゃんとお見通しだ。
それをどうやって14歳が理解してゆくかが問題なのである。

14歳が昨日、最近の友人の行き過ぎた行動を学校のカウンセラーに相談した。
本日そのカウンセラーが本人に話をするそうだ。
その彼のリアクションが怖いので、今日は学校に行きたくないのだ。
当日はその彼が切れる恐れもあるので、学校は一日たった翌日に行くつもりだ。


ズル休みは逃げるみたいでもちろんいけないことだけど、もと登校拒否児のわたしとしては「逃げられる安心感」の方を重視したい。
人間と深く関わる機会の少ない14歳だからこそ、ゆっくり時間をかけてどうトラブル対処を経験してゆくかを、わたしたちは手を出し口を出しながら見守っているのである。

彼にとっては数少ない貴重な体験なのだ。
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by ellie6152 | 2007-05-23 11:35 | 14歳