海外生活21年。国際結婚19年。母親15年。西オーストラリア州のパースに8年。リンクフリーです。


by ellie6152
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パースの不動産バブル

オーストラリアで一番家が高いのは、パースがシドニーを抜き一位になった。

パースの家の平均価格がAU$509,000(約5100万円)。
一年間で1400万円のアップだ。
平均で見ると、収入の39%が家のローンの返済に充てられ、ローン返済額の平均が1世帯月額30万円を支払っていることになるそうだ。

オーストラリアでは家を買う人がStamp DutyというTaxを国に支払うのだが、これが州によって、さらに家の値段によって決まる。
パースの家の平均価格だと、家の値段に200万円近くの税金が上乗せされ、ローンを組むとローンの金額自体にも税金がかかる仕組みになっている。

家を買う場合は家の値段だけではなく、これらの税金を忘れてはならないし、引渡しをした時点からの固定資産税や水道・下水道税(地方税)も購入時に支払う。
わが家の管轄の固定資産税はすごく高く、年間20万円の請求が来るし、水道税(使用量別)も年間10万円支払っている。

家のローンの金利も7-8%するので、この不動産高騰の折、金利の支払いだけでもかなりの額になる。

ローンの審査は日本と比べると至ってシンプルだ。
どこでも借りて欲しいので、わが家の場合などは銀行が自宅に都合の良い時間に来てくれて、書類も全て揃えてくれるので、サインするだけで終わり。
1週間ぐらいで審査が通る。

それに比べてNZの銀行はとても迅速で、どこの銀行でもだいたいローンの審査は24時間以内で下りた。
オーストラリアは遅いなぁと思っていたが、日本の住宅金融公庫などはもっと審査も複雑だし、お金を借りるのも面倒な手続きが必要なのだろう。


家を購入することは確かに人生の大きな買い物であると思うけど、こちらでは売買が頻繁に行われているので、左程プレッシャーも大きくない気がする。
わが家の過去に買った家は全て初めて見たその場で買ったし、先日国外にダーリンが買った家などは、インターネットで見つけて買ったので二人とも一度も見ていない。
ダーリンが自分で書類をチェックしてメールでチョコチョコやって商談成立。
お金の移動も銀行間の電子マネーなので、現地に行かなくても見なくても家は買える。
ちなみに現地の不動産鑑定士とか大工さんとかの検査とか、家の登記簿とかの確認などは事前に専門家に頼むので安心だ。
不動産屋さんに家の管理を依頼してあるので、今は人に貸している。


わたし自身も初めて自分の家を買ったのが独身の24歳の時、父にオークランドで一軒家を買ってもらった。
ダーリンは19歳の時に初めて家を買ったそうだ。
二人ともキャリアだけは長い。
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by ellie6152 | 2007-05-31 19:46 |

インターネット

今日、新しいインターネットのプロバイダーと電話で契約を済ませた。

昔、ずっと使っていたオーストラリア最大手「Telstra」であるが、あまりのサービスの悪さに他社へ移った過去がある会社だ。
その「Telstra」が汚名挽回のために、新しいプランを引っさげて、電話セールスで失った顧客を呼び戻そうというキャッチなのだ。

普段は電話セールスの甘い言葉に乗るようなわたしではないのだが、いかにTelstraのサービスがズサンだったかを延々のべたスッキリした気分の時、このセールスマンの熱意に動かされ、話だけでも聞こうという気に変わった。

わたしは意地悪でオチャメな人間である。
難しい質問や、契約書に小さな文字で書かれてありそうな質問を矢継ぎ早に聞く。
だいたい答えられなかったり、適当にお茶を濁したりする人が多い中、この男性は見事にクリア。
ほほぉー、この人材不足の中、珍しくちゃんとした人物のようだ。

オーストラリアにまだ光ファイバーは来ていない。
インターネットも普及率自体は高いが、テクノロジーはまだまだ発展途上国。
わたしが現在使っているプランは、普通のADSL1.5Mで月額9800円。
他社でADSL2+が20Mで出たが、今回勧められたのはケーブル20Mのスピードで12GまでDLがOK、電話とインターネットのセットで8900円だって。

電話の基本料金プラス、50回の市内電話が無料、日本までの国際電話が1分間に3円。
ケーブルの工事代・モデム代無料、最初の3ヶ月の料金は2900円ポッキリ、おまけにコードレスの電話機2台くれるってさー。
Telstraもなかなかスゴイことやってくれるじゃん。
電話回線もIP電話ではないので質もクリアだし・・・・・。
やればできるじゃん、Telstra!

早速契約することにした。
そのセールスの男の子、わたしが日本人だって分かったらすごく打ち解けてきて世間話に花が咲く。
実は大学生の時日本史を勉強して、さらに彼の両親は25年前に京都で結婚したんだそうだ。
日本に住んでみたいんだってー。

ケーブルインターネットは昔住んでいた家で使った事がある。
今のケーブルは進化したので、現在使っているスグレモノのワイヤレスルーターもそのまま使えるんだとさ。
それとADSLよりもコンスタントにスピードを保つことができるという話。

まっ、騙されたと思って(?)ケーブル、試してみようと思う。

「契約を決めるのはあなたがセールスだから。仕事に対する姿勢には感心する。これからも頑張ってね。」って正直に言ったらとても感激してくれた。
おまけにわたしはおせっかいだから、良いプロバイダーとプランを探してる友人の連絡先も教えてあげたし。

良い人材は、会社と社会と客によって育てられ、どんな状況になっても良い人材であろうと努力する姿勢を忘れないひとだと思います。
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by ellie6152 | 2007-05-30 16:43 | 生活

「小早川伸木の恋」の謎

「小早川伸木の恋」を観ている。
一話観終わる度に後味の悪い憤りを感じ、「なぜなぜなぜ?????」という疑問符が付き、観るのを止めてしまおうかとも思う作品だ。

まず、医者である小早川伸木は、医者のクセになぜ奥さんをあんなになるまで放っておくのか?
彼女は、長年のカウンセリングを必要とする「こころの病」を持っている。
旦那への執着心と嫉妬心、少しのことで腹を立て言いがかりをつけ、挙句の果てには包丁を持ち出す。
こんな日常に「慣れてしまった」と言い、なだめすかして我慢し、その耐えている自分を「一生懸命家庭を守ってる」と誤解し自己満足するなんて、医者としても男としても問題があると思う。
妻にカウンセリングを受けさせたり、安定剤を処方してもらったり、医者なら多少の知識があるはずなのになぁー。
原因も子供時代に受けた傷って分かっているんだから・・・・・。

紺野まひる演じる「カナさん」も、40歳という設定はあまりにも本人とかけ離れている。
40を過ぎた女の同性を見る目はシビアなのだ。
1年の違いでも大きいのに、たぶん10歳のズレがある。
役者が若すぎ、無理のし過ぎ。

その40歳の設定の女性が、あまり面識のない既婚男性に「いいお友達」というは、大人の女性が口にするべきスマートな言葉ではない。
こういうアプローチの仕方には、22歳までという年齢制限があるのだ。
40を過ぎた女性は、幼稚な下心丸出しのアプローチではなく、設定が「魅力的な女性」なら尚の事、意外性狙いの陳腐な「夜の動物園同伴侵入」などではなく、同年代のわたしたちを唸らせるような設定にして欲しいものだ。
「盆栽教室」はよろしい。

大人を主人公にしたドラマは同世代として非常に嬉しい。
でも、同世代だからこそ共感出来なくては意味がないのだ。
紫門ふみの原作だったから楽しみにしてたのに、ちょっとがっかりだ。

わたしの頭の中では、精神的に不安定で依存心の強い妻、その妻に耐えるということで共依存する医師の旦那、さらにその医師の欠落感に類似性を見い出し自分を重ね合わせる女、という図式が出来上がっていて、これじゃあ依存の三つ巴である。
3人ともそれぞれが病んでいる。
この3人を主人公にするのは、この悩める現代とその中でもがき苦しむ人は普通に存在するということで、これは原作者からの、歪んだ社会への問題提起なのかと勘ぐってしまう。
本当はこのドラマの中に、大事なメッセージが隠されているのではないかと気をつけて観ているので、観終わった後にどっと疲れるのだと思う。

今のところまだ作者の伝えたい真意が見えていない。
あるのか・・・?
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by ellie6152 | 2007-05-30 00:58 | お気に入り

助っ人

昨日のニュースで「中国最高のメイドたち」って記事があった。
うーーーん、最高ってどんなメイドなんだろう・・・・?

東南アジアなどではメイドを雇うことが一般的なようだが、オーストラリアではあまり聞かない。
お手伝いさんというよりも、それぞれのパートを分業制で出張してもらうというほうが一般的だ。

わたしも14歳が小さい時にずっとフルタイムで働いていたので、色々な人たちに助けてもらった。
最初はプロのシッターさんに、学校のお迎えとわたしが帰宅するまでのケアーを頼んでいたが、このエージャントのシッターがちょくちょく変わるので、誰が来るのか本当に来てくれるのかいつも不安だった。

そこで違うエージェントに住み込みで働ける女性を紹介してもらい、チェコ人の女性がわが家で息子の面倒を見てくれた。
彼女たちはオペアという職業で、うちの場合は息子が学校から帰ってきてからのケアと、簡単な家事を一日5時間程度お願いして、その代わりに週末のお休みとお給料、個室と食事と車一台を与えた。

確かに最初は家に他人が入ることに少しだけ抵抗があったが、背に腹は代えられない。
思い切って来ていただいた。
一緒の生活は本当に助かったし、チェコの話やお料理など知らない話が聞けてとても勉強になった。

オペアには本来「おかぁさんのお手伝い」的なニュアンスがある。
プロのメイドやシッターではなく、素人が部屋と食事代を簡単な労働でチャラにするって感じかな。
日本だとペンションに居候して、その代わりに仕事を手伝う・・・みたいな。
労働量や時間、条件によってお給料が出たり出なかったり。
こちらでは、英語や現地の生活習慣を学びたい日本人が多いし、綺麗好きでおとなしい日本人オペアの人気も高い。


わたしの周りのオージーでオペアの居る家族はいない。
その代わり、入れ替わり立ち代りいろんな業者が出入りしている。
普通の掃除は掃除屋さん、窓磨きは窓掃除の専門家、カーペットのシャンプー業者、庭の芝刈り業者、庭師、犬洗い屋さんなどなど全て分業制。
ローカル新聞の広告も、ユニークな業者の名前が連なっていたりする。

わが家は隔週でプロが掃除に来るのと、芝刈りぐらい。
仲間の中では綺麗好きで通っているわたしなのだが、やはりプロの仕事はたしかに素晴らしいのだ。
自分では見えなかった(無視してた)場所をササッと見つけて、ピカピカにしてくれる。
二人一組でばっちり2時間。


たくさん人を使えば楽チンかというと、案外その業者の手配だとか、それぞれの支払いとかまた違った労力と気苦労が必要になる。
やっぱり宝くじをどーんと当てて、執事を雇うしかないってことか・・・・。
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by ellie6152 | 2007-05-28 20:30 | ニュース

弁護士稼業

パースは、久しぶりの雨です。
やっぱり冬はこうでなくっちゃ。
気温は低くもなく高くもなく、過ごしやすい温度。

ダーリンはホリデーから戻ってずっと忙しく、3週間振りのお休みだ。
朝は6時半から始めて、夜は最近9時過ぎに帰ってくる。
外人はあまり働かないイメージがあるけど、休日返上して働いてる人も案外いるのだ。
年代の違いも関係するのかもしれない。
若い人ほど働かない傾向にあるようだ。

日本の定番「夜の接待」はこちらではめったにしない。
だいたいは「ビジネスランチ接待」。
話題のレストランでランチを食べながら仕事の話をする。
それもプライベートでは飲まないような上質のワインを飲みながら・・・・・。
最新の美味しいお店や試したワインなど、結構彼から教えてもらう。

大手になると事務所の中に食堂があり、専属のシェフがいてそこでクライアントを接待したりも可能だ。
ダーリンが前に勤めていた事務所は、専用食堂でのランチが付いていた。

休日やイベント接待はたまにある。
クライアントをオージールールのフットボール(フッティー)にお連れしたり、ゴルフやクルーザーのお供や、パーティーにご招待したり。
弁護士も人気商売だから、クライアント獲得にどこも必死のようだ。


相棒が法律の専門家だと便利なようでいて、不便な事もいっぱいある。
何でも念には念を入れて用意周到でなければ気が済まないし、何をするにも「万が一」を想定して行動するので、時間と費用がオーバーするのである。
訴えられないように、訴えられても不利にならないように、落ち度や手抜かりがあってはならないのだ。
申し込み用紙の記入事項や、ちょっとした契約書の小さな文字も一字一句じっくり読んで、納得がいかない箇所を直してもらわないとサインしないし、人にとってはどうでもよいような事に神経を遣って磨り減っている。
本人も疲れるけど、一緒にいるわたしも疲れる・・・・。

きっとこれって、職業病なんだろうなー。
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by ellie6152 | 2007-05-27 22:46 | Darling

シェフへの道のり

子供の頃は本当に好き嫌いが激しかった。

お魚だめ、お野菜だめ、冷めたご飯はだめで、学校の給食の時間が恐怖で、学校に行けなくなり登校拒否をした時期もあったくらいだ。
食べることにも興味が無かったので、食べ物の名前も全然覚えなかった。

母は料理上手の家庭的な主婦ではなく、外でバリバリと仕事をこなす女性だった。
そんなこともあり、あまり「オフクロの味」の記憶も無い。
兄のほうが器用だったこともあり、突然両親が旅行で居なくなった時などは、何もできないわたしに代わって、兄が食べさせてくれた。

高校時代から部活に精を出し食欲も旺盛になったが、練習が終わった後、部員仲間と食べて帰ることも多くなり、ほとんど外食で済ませる生活だった。
大学時代も家で食事をした記憶はあまり無い。
その後すぐに親元を離れ海外へ出、挙句の果てには戻って来なかったので、日本で花嫁修業や料理の味を伝授された機会も無し。

日本に居た頃、一度だけ料理をしたことがある。
付き合っていたボーイフレンドがマメな男性で、ピクニックや動物園に行く時は彼が海苔段々のお弁当を作ってきてくれた。
彼にとってのわたしは、お付き合いをしていた6年間ずっと「何もできないEllieさん」。

ある日、一人暮らしの彼のために、意を決して手料理に挑戦。
上級向けの天ぷらを作ったのだが、海老の殻をむくって知らなくて、水溶きの天ぷら粉に殻の付いたそのまんまの海老を付け、油の中へ放り込んだ。
水気も切らなかったのでバチバチはね、非常に危険な料理になってしまった。

怯えたような顔をして海老を見ていた彼の顔が、今でも忘れられない。
もちろん海老の天ぷらは異様な大海老サイズで、ご丁寧にヒゲもたくさんの足たちも衣で覆われて、グロテスクの極みだった。
お米も恥ずかしながら、洗剤を入れて洗いました。


そんなわたしが料理に興味を持ったのは、ロンドンのフラットに住んでいた頃。
イギリスって何を食べても不味いし、どこで食べても、いくらお金を払っても不味いものしか出てこなかった。
料理好きの父もその頃イギリスに住んでいたので、たまに彼のフラットに遊びに行くと、プラスチックの洗面器で漬物を漬けていたり、お魚を捌いて焼いてくれたり、ちょこちょことお料理を教えてくれた。

自分のフラットで挑戦するうちに、だんだんと料理に興味が湧いてきたし、そうなるとスーパーで食料品を買う機会も多くなった。
次第に美味しいものが作れるようになってきたのである。

それに伴い、食べられる食品の数も増え、今では食べられないものも無くなった。
挙句の果てに調理学校へ行き、その後フランスレストランで働いたり。


あの頃付き合っていた彼氏は、今のわたしを想像出来ないだろうなぁー、きっと。
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by ellie6152 | 2007-05-25 19:48 | Cooking

日本のドラマDVD

マレーシアで入手したDVDを観た。
KLで売られていたので中国語とマレー語の字幕が画面の3分の一を占める。
中国語の字幕は見ていると勉強になって面白い。
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1.「結婚できない男」(中国語訳:「不能結婚的男人」)
阿部寛が面白いが、ラストが中途半端。

2.「家族」
脚本が甘くて胡散臭い。渡哲也の演技がぎこちないし、全員ヘタ。時間の無駄だった。

3.「今、会いに行きます」(ドラマ)
主役が若すぎて演技が浮いてた。映画版も中村獅童って俺様って感じでミスキャスト? 竹内結子の演技の方が見ていないが上手いと思う。

4.「華麗なる一族」(英語タイトル:「The Wealthy Family」)
キムタクはミスキャスト。いくら才能があっても、生まれもったお育ちの良さまでは演技力ではどうにもならないってことがわかった。

5.「HERO」(中国語のサブタイトル:「21世紀的正義使者」)
法律モノなので興味があったが、軽い娯楽すぎ。キムタクのカッコ良さだけで見せてるだけ。消費されてるだけって虚しい。

6.「白い巨塔」(中国語訳:「白色巨塔」)
田宮版の印象が強すぎたけど、唐沢版は小市民的で迫力に欠けた。追い込まれた場面でも田宮版のように手に汗握ることもなく、お茶の間劇場的。愛人があまりに日が当たり過ぎてて品が無い。東教授の娘も美化され過ぎ。

7.「あすなろ白書」(中国語訳:「愛情白皮書」)
たまたま日本に帰っていた時に再放送をやっていて、その中の鈴木杏樹の東山星香役が、わたしの中ではなぜか女性像の中でピカイチなのだ。
もう掛井や成美や取手くんたちはどうでもよくて、「なぜ星香が主役じゃないのか?」、「なぜ男どもには星香の良さがわからず、成美に惹かれるのか?」って憤慨するほど好きだ。


学生時代にバイトで、某テレビ局のイベント事務所に所属して、多くの人たちの前で仕事してたことがある。
バラエティーとドキュメンタリーは制作に携わったことがあるし、ラジオにはたまにリポーターとして出演もしていた。

マスコミの画面に映っていない周りの雰囲気や、様々な見えない苦労も何となく分かる気がする。
表に出ない大変な仕事をコナシテイル人たちがたくさん支えているのだ。

有名な方々ともご一緒させて頂いた機会もあるが、大物ほどオーラが出ていて案外腰が低く礼儀正しい方が多いことにビックリする。
案外若くしてソコソコ売れて、その後落ち目になったようなのが横柄な態度だったり。

仲良くなってお家まで遊びに行った方たちの中で、驚くほど有名になった人も何人かいる。
若くて小生意気だったような子が立派に成長して芸能界を賑わせて、「あの子がねぇーーー」とおばぁちゃんのような心境になる。
もちろんその逆も有りで、消えていった人たちもたくさんいるのだろう。


日本のドラマを観る機会は少ないけど、日本で有名になったのは時間差こそあれ、案外観ていたりする。
残念ながら、なかなか心に残る名作に出会うことが無くなって来た。
昔の「岸辺のアルバム」なんて脚本も演技も深みがあったし、きっと今観ても面白いと思うし、そして何よりもずっと心に残っているのだ。
映画も「ブレードランナー」とか「ターミネーター1」とか、3回も映画館に観に行った。

たぶんちゃんとあるんだろうけど、なかなかそういったものが手に入らないのである。

あと残り3本。
あー、感動したい!!
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by ellie6152 | 2007-05-24 19:05 | お気に入り

自閉症の交友関係

Mr.14歳、今日はズル休み。

少し風邪気味っぽくもあるし、こういう時は持病の喘息の発作も出やすいけど、本当の理由は人間関係。
14歳は軽度の自閉症で社会と上手に付き合ったり、普通の何気ない基本的な概念(時間の経過とか季節とか)が頭では理解出来ても、それが普通の人と違って自然と身に付かない。

自閉症と言っても本当に傘が広くて、この診断に行き着き、そしてわたしたちが納得するまで10年以上の歳月を費やしたし、数知れない検査や様々な種類の多くのスペシャリストの門を叩いた。

14歳の場合は知能は普通だけど、外部から入ってくる情報が、すんなりと脳の中で濾過されて、それぞれのインデックスに仕分けられ、あるべき情報の引き出しに順序よく仕舞えない。
最初は言葉の遅れがサインだった。
だから言葉を遣う段階になると、全ての引き出しから全部の情報をひっぱり選択しなければならないという、非効率かつ重労働の作業が必要とされる。
最近はコツを覚えたので、言葉の遅れは無くなったが、複雑な会話になると貝のようになる。

自閉症だけどものすごく社交的で、パーティーは大好きだし食事は大勢で食べたいし、学校のキャンプとかの行事や人が集まるところは大好き。
友人は数こそ多くないけど、優しいお人よしなので誰からも好かれる。
持っていた「自閉症」のイメージにはそぐわなかったし、今でもスペシャリストの間では診断に賛否両論がある。
社交的ゆえ病名がハッキリしなかった。
まぁ名称やカテゴリーは本当はどうだってよいし、特別クラスに入るほど悪くないごく軽度なもので、普通の中に入ってもやってゆける。
ただ病名が付いた方が周りの理解がグンとアップするので、親としてもそこまで納得するまで葛藤はそれなりにあったと思う。
病名が何であれ、彼は彼であることは変わりないし、障害はひとつの個性だと理解している。

親の口から言うのもナンなのだが、14歳は身長181センチで手足が長く外人顔で外人体型のイケメン。
日本で一緒に歩いていると、だいたいモデルクラブからお誘いがある。
こちらでも歩いていると、他校の女子学生がチラチラと視線を送ってくるし。

でも、話しちゃうとアウトなのだ。
どうも話が噛み合わない事に気が付いてくる。
それでもちゃんと彼のよさを分かってくれる子は、必ずどこかにいると思っている。
心がすごく綺麗だから。

7歳からの親友は、わが14歳の本質を知っているので、学校が違ってもずっと仲良しでいてくれるし、14歳もものすごく友達想いなので、彼のことをとても大切にしている。
見ていて微笑ましい関係なのだ。


さて、今回の14歳のズル休みの理由は、カレッジに入って一番仲良くなった友達のせい。
彼とは知り合って1年半ほど経つが、毎週のようにわが家へ泊まりに来ていた。
大人の前ではコロッと態度が変わる。
彼は、幼い頃に親に捨てられ養父母の所を転々と変わっている傷を抱えているが、顔は天使のように温和で可愛い。
この彼の情緒不安に自閉症の息子が振り回されてしまい、混乱してしまうのだ。

皆の前では14歳を虐めてみたり、二人になると優しくなったり、突然怒り出したり、泣いて14歳にスガッってきたり。
なんだか「ワガママな愛人」みたいな言動なのだが、普通の人を理解するのもままならない14歳が、こんな上級者を手の上で転がすことなんて無理。

彼のこんな行動も確かに理解できるし、なぜそんなことをするかも分かっている。
その子の可愛い顔をした裏のしたたかさも、大人でありさらに親であるわたし達にはちゃんとお見通しだ。
それをどうやって14歳が理解してゆくかが問題なのである。

14歳が昨日、最近の友人の行き過ぎた行動を学校のカウンセラーに相談した。
本日そのカウンセラーが本人に話をするそうだ。
その彼のリアクションが怖いので、今日は学校に行きたくないのだ。
当日はその彼が切れる恐れもあるので、学校は一日たった翌日に行くつもりだ。


ズル休みは逃げるみたいでもちろんいけないことだけど、もと登校拒否児のわたしとしては「逃げられる安心感」の方を重視したい。
人間と深く関わる機会の少ない14歳だからこそ、ゆっくり時間をかけてどうトラブル対処を経験してゆくかを、わたしたちは手を出し口を出しながら見守っているのである。

彼にとっては数少ない貴重な体験なのだ。
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by ellie6152 | 2007-05-23 11:35 | 14歳

冬のパース

最近朝晩の冷え込みが厳しくなってきた。
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今日の朝なんて4度。
d0117077_17405176.jpgでも昼間には20度くらいまで上がるので、あんまり気にならない。
ガスヒーターくんと電気毛布様があれば、寒い冬も乗り越えられるのだ。

北海道で生まれ東北で小学生時代を過ごしたわたしにしてみれば、こちらの冬の気温なんて生ぬるいハズだけど、子供の頃はあまり寒いって思わなかった。
小学校4年生の時に転校した学校は、雪の降る中ツルツルに凍った道路の上を40分くらいかけて歩いて登校した記憶がある。
写真を見るとあの寒さの中、ミニスカートに長靴という強行突破した証拠有り。
寒かったって記憶がない。

今までで一番寒かった思い出は、真夏のニュージーランドから兄が住んでいたNYへ遊びに行ったお正月。
兄の会社が借り上げていたお客様用のマンハッタン・アッパーイーストのアパートメントに泊まった初日の出来事。
部屋の中は暖房がガンガンに効いていて暑い位で、50メートル先のスーパーへ買い物に出かける時、半袖のTシャツで走って出かけるつもりだった。

ドアマン「マダム、正気ですか?寒波が来てますよー、凍死しますよー」
わたし「すぐそこなので大丈夫!」

と、元気良く外へ一歩踏み出した瞬間、全身の血がシャーベットになったような強張りを感じた。
こりゃだめだー。
初めて寒さの洗礼を受けた気がした。
たしかマイナス15度とか・・・・。

2週間のNY滞在で寒さにも慣れ、NZへ帰国の日。
兄に送ってもらった空港の駐車場からターミナルまで、強烈な寒さのあまり身の危険を感じた。
顔の出っ張っている部分、つまり鼻とか耳とかが壊死して剥がれ落ちるような感じがしたのだ。
もう本当にいても立ってもいられないとはこのこと、って体験。
「隠れなきゃ!」って真剣に思った。
NY在住も長かった兄も後で「あの時は本当に寒かった・・・」と、シミジミ語っていたから余程の寒さだったのだろう。

その反対に暑い思い出は、インド。
重く湿った空気の流れが、どょょーんと淀んだ縞模様になってゆっくりと目の前を移動するのが見えたような暑さだった。
犬だとか人だとか道の脇に倒れているのか死んでいるのか、そんなことはどうでもよくなってくるくらい脳の働きが止まった。

気が変になりそうな暑さの中、物売りと見世物の団体がもの凄い形相で全速力で追いかけてきて、挙句の果てには追いつかれ、結局平走しながら物を売りつけられたり、見たくないものを見せられたりと、脳に加え人間の五感まで麻痺させられた。
全てがどうでもよくなってしまう、投げやりな精神状態。

そんな経験をしてるから、パースの最低気温1度や、最高気温の45度とかは、全然楽勝なのである。
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by ellie6152 | 2007-05-22 17:42 | パース

爪の決意

先日行ったパーティーのために、ネイル屋さんで爪をやってもらった。
実は厨房で料理をするようになってから、かれこれ1年半ほどマニュキュアを塗ったことすらない。

キッチンで仕事をする時は、衛生上爪はもちろん短く切ってしまうし、安全の為ピアスとか指輪などのアクセサリーもしない。
アクセサリーははずせばよいことだが、ネイルはいちいち塗ったりとったりが面倒だし、爪も短くてどうも可愛くないので、次第にマニキュアをすることもなくなった。
昔からアクセサリーは大好きだったし、爪をいじることも好きだったので、最初は慣れるまでに時間が掛かった。

アクリルネイルに興味があった時期があり、ネイルの教室に通い、一通りの基本的な作業は覚えた。
問屋さんでネイルの道具を揃えたり、マニキュアも色を揃えたりもした。
友人にやってあげる分にはいいのだが、どうも自分ですると上手く行かなくて、結局自分の爪はプロに任せたりしていた。

一時は自分の爪を練習用に、何回もプラスチックの爪を接着剤で付けたり取ったり繰り返すうちに、爪自体の表面が剥がれてしまい、血が出て痛い思いもした。


勤めていたレストランが違う経営者に代わる。
前のオーナーに可愛がられたこともあって他に移れなかったのだが、これからのことも真剣に考えなければいけないのでレストランの仕事は入れていない。

今回爪を付けたのは、レストランからは卒業する覚悟の表われもあったのかもしれない。

大学院も終わったことだし、そろそろ会計士の仕事を探す時期ってことなのかなー。
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by ellie6152 | 2007-05-21 17:49 | お気に入り