海外生活21年。国際結婚19年。母親15年。西オーストラリア州のパースに8年。リンクフリーです。


by ellie6152
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久しぶりの日記


随分と時間が経ってしまった。

やっとADSL2+に繋がったのが最初に申し込んでから半年後。
テルストラは本当に信用できない。
CEOの年俸、億単位のぼろ儲けだってぇ???
いったいどんな会社!?

テルストラにはさんざん我が家のADSL接続をグチャグチャにされて、
結局他者で繋げました。
それまでの間、ヒューヒョロヒョロダイヤルアップ接続。

ダウンロードしてる間に洗濯物を干し、戻ってもまだダメだったり。
一気に弥生時代へトランス。
本当に大変だった。

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ダーリンの事務所のお手伝いも後任者がやって来て
わたしもやっと勤め人生活から足を洗った。

夫婦で同じ職場で働いてみて、得たものは大きい。

「話題に出ていた人」を実際に自分の目で判断できる。
「あー、この人ね・・・・」って先入観テンコ盛り
家での仕事がらみの夫婦の会話も盛り上がる。

ダーリンの印象と私のでは異なることも多々あり。

「あの人は案外仕事ができないよ」とか、「一生懸命頑張ってる」とか
「一見仕事してるように見せかけて、いっつもインターネットしてる」とか、
「他の部署に移りたいみたい」とか、「転職サイト見てた」とか・・・・・・・。

ダーリンの前では気を付けてても、私には油断してるからよーく見える。

スパイ?

まっ、人聞きの悪い。
アドバイザーと呼んでっ。
またの名を、
「影の人事部長」

上から見たのと同列から見たのでは、違った面が見えるからいいと思うけどー。
冷静に人を見る目は持っていると思うので
案外的を得ている気もする。


それに普段家にいてだらーってしてるダーリンが、
仕事中はビシっとしてると見直すし。

直接一緒に仕事をするわけではなかったけど、
ダーリンのオフィスへ小切手のサインをもらいに行った時に二言三言。
コピー室で密会して晩御飯の打ち合わせしたり。
結構スリリングでよかったわー。

マンネリになった夫婦が同じ職場で働くってのも、なかなか刺激があっていいのかもしれない。


これっ、お勧めです。
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by ellie6152 | 2007-11-30 13:43 | 思ったこと・感じたこと

物騒な事件


パースに住む79歳のおばあさんが、何者かに襲われ、大怪我をした。

彼女は夜、自宅で寝ていたところを襲われ、
必死に抵抗を試みたが、男はおばあさんの顔を殴り逃走。
顔を何針も縫い、さらに失明の危険性もあるそうだ。

病院で横たわるおばあさんは、傷跡も生々しく、その時の恐怖をベッドの上で語る。

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一昨日、ダーリンの仕事仲間の女性が似たような災難に遭った。

弟と二人暮しの彼女は、その夜弟不在のため一人で就寝。
夜中に物音で目を覚ました。

見ると男二人が彼女の部屋で物色中。
大きな声を出したと同時に車で逃走。
必死に追いかけたが、結局見失ってしまった。

幸いにも彼女は無事だったが、電化製品やビデオカメラなどを盗まれた。

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半年ほど前に、仲良しの2軒隣のご近所さん達一緒に家族旅行に行っている間、彼らの家に泥棒が入った。

泥棒は昼間に2階の屋根から侵入し(瓦をはずした)、ホームセキュリティーの電源を切断。
24時間後に、完全にセキュリティーのチャージ分の電池が抜けた後家へ侵入。
金庫ごと持ち去った。

警察は「プロの手口」で、「旅行に行くことを知っていた者の犯行」とした。
結局犯人は捕まっていない。

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2週間ほど前に、NZのオークランドに住む義妹の一人暮らしの家に空き巣が入り、電化製品や形見の宝石などを盗まれた。

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わたしも過去にNZで空き巣に入られたことがある。

たまたま、ほんの少しだけ開けておいたトイレの小窓から侵入。
指輪やCD,化粧品、ダーリンの水泳で貰った金メダルと銀メダルを盗まれた。
「なぜ、大会のメダル・・・・・?」と疑問に思った。

後日、街の中心地のビルのトイレでメダルが見つかり、
メダルに彫られてあった名前から、手元に戻ってきたことがある。

結局犯人は逮捕されたが、10歳にも満たない女の子だった。


NZでは他にも、停めてあった車から、チャイルドシートが盗られたし、
夜中、自分の車からカーステレオを盗んでいる現場も目撃した。


自分のオフィスビルも被害にあった。
ドアごと電気のこぎりでズタズタにされ、更に鍵をかけていた個室のドアも全部蹴破られ、鍵付きの保管キャビネットから現金や小切手などを盗まれた。


オークランドでは空き巣が2回、車荒らしに4回被害にあった。

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パースでは幸い、今までのところ何事も起こっていない。

泥棒に入られるって、モノを盗られて悔しいが、
自分の領域を荒らされたナントモ嫌な気分。
泥棒が触ったものは愛着のあるものでも、気持ちが悪くて触れなくなる。


精神的なダメージが案外大きいのだ。
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by ellie6152 | 2007-07-28 22:15 | 生活

医者と患者



オーストラリアの医者は、感じの良い人が多い。

医者としての腕はもちろんのこと、サービス業で客(患者)の評価が即売り上げ(患者数)に繋がる。

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一般的に具合が悪くなるとGP(ジェネラル・プラクティショナーの略で一般医)に行く。
GPは人間の身体・精神に関わる全てを診ることができ、自分の手に負えないと判断された場合に紹介状を書き、必要であればそれぞれの専門医にまわされるシステムだ。
基本的に個人指名制。

患者は病院へ行くというよりは、指名した先生に診て貰う。

全ての分野(産婦人科、内科、外科、精神科、眼科、耳鼻科など全部)の知識がないとできない。
簡単な処置(切ったり縫ったり焼いたり)や注射も医師がやる場合が多い。
さらに人気商売なので無愛想では駄目だ。

わたしのホームドクターは、オージーの旦那様に男の子が二人いる中国人女性。
こちらはプライバシー重視のため全て個室。
もっぱら彼女と世間話に花を咲かせ、お互いの家族や自分の近況を話し、それだけで気分が良くなったりするくらいだ。
パースに来てからの7年間、わたしの健康はずっと彼女が管理している。

持病持ちの旦那と息子の診察の立ちあいや親族の入院、引っ越し先で相性のよい先生を見つけるまでの医者行脚工程、過去に医療通訳も仕事の一環だったわたしは、それらを通して多くの医者を見てきた。
日本以外で嫌な印象を抱いた医者は過去に一人だけ。
不愉快な思いをする確率は低い。

国立病院は原則的に医者を選べないが、国立でも医者やスタッフも感じが良い場合が多い。
基本的には国立での費用は無料。
有料無料を問わずこちらの病院では、入った瞬間から患者やその家族に対するイタワリの優しさが感じられる気がする。

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本来病人は具合が悪いから病院へ行くし、心配だから医者に診せる。
日本の医者は言葉こそは丁寧だが、「診てやってる」という驕りの匂いがする。
「患者様」とか、言葉だけが異様に丁寧なので余計寒々しい。
患者も「診て頂いてる」スミマセンな立場だ。
上下関係が完全に出来上がっているのだ。

見るからに具合が悪い人やお年寄りに、「これを持ってあっち行け」とか、「検査は上へ上がって、終わったらこっちに戻って」とか、さらに長時間待たせる。
病院の構造上仕方のないことなのかも知れないが、もう少し配慮があってもいいと思う。
医者に診て貰うまでに余計具合が悪くなりそうだ。

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確かに日本の患者数、病院の設備、日本の医療制度がこちらと違うことは理解している。
人口に対する医者の絶対数も病院の数も先進国にあるまじき比率。
ただ、上のものが下を見下す心理は、国や制度の問題だけではないと思う。


日本の実家の近所の病院で、母を診た若い女医の知識の無さと傲慢な態度を、付き添いであるわたしが面と向かって非難した時の憤慨した彼女の顔は、きっと小さい頃から勉強ができて、他人から批判されたことの経験の無いまま医者になったのだと思う。

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わたし自身も、日本、NZとオーストラリアの3ヶ国での手術入院の経験がある。

日本の大学病院での診察で、3メートル先の人の診察結果の説明が、後ろで並んで待ってる全員に丸聞こえで、居たたまれなくなった経験を持つ。
入院の際、白い巨塔ばりの教授回診大名行列は、病院での優先順位を見せ付けられ、患者とその家族や一番下になってる状況に疑問を覚えた。
手術を担当する執刀医に、なぜ別途にお金を渡す習慣があるのか?
渡すほうにも問題があるが、お金によって医師の発揮する力が違ってくるのか?

個人差もあるだろう。
日本でも、誠心誠意頑張ってる人たちもたくさんいるのも知っている。
この日本の医療制度や古い病院のしきたりの中、志を持ちながら仕事をすることはさぞ大変なことだと思う。


こちらでも、医療問題は国会でも必ず問題になるテーマだ。
医師の絶対数も、病院のベッド数も、医療に割かれる予算も全然足りてない。

「外国が素晴らしい、日本は駄目だ」という次元で言っているつもりは毛頭ない。
こちらにも人当たりはよくても、腕のよくない医者も結構いる。
逆に日本にも、偏屈だけど腕は確かという医者もたくさんいるだろう。


患者の具合の悪さを思いやり、耳を傾ければ、最先端の技術に頼らずとも解決することもあるのではないか?
その仕事に対して患者側が、自然と医師に敬意を払う。

医療の原点、医者と患者の基本的な関係や癒しって、案外単純なところにあると思うけどなぁ・・・・。
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by ellie6152 | 2007-07-23 19:17 | 生活

車の運転



外国に来てこの20年、毎日車を運転している。
歩いて5分のところですら車で移動する社会。

比較対象になる都市は数少ないが、
それぞれの街の人たちの運転には、特徴がある気がする。

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NZで運転し慣れたわたしは、パースに来てビックリ。

「なにっ?この負けん気の強さは!?」

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例えばだ・・・・・
2車線道路で、わたしの後ろに後続車がない時でも
追い越し車線から来た車は、必ず、わたしの前に無理矢理

ぐいっ!!

強引に割り入る。


わたしは安全運転ダーリンに、

「オモリの付いた足でペダルを踏む女」

と言われている、F1スピード並に突っ走るのにだ!

パースっ子は、それでも絶対に入らないと気がすまない。
他人よりも自分が前。
で、他の車は入れない

田舎モノ根性丸出し炸裂っ!!


そんな中、高速道路の制限速度の半分くらいで走り、小渋滞をクリエイトする車あり。
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パースは公共の交通機関が整っていないので、老人の足も必然的に車だ。
ハンドルに顎を乗せた前傾姿勢で、身動きせず一点を見つめ運転しているグランパ&グランマたち。
それも息をしているのかが心配になるような年齢だ。
方向指示器を出してから車線変更するまで、1キロぐらいかかる。

パースでの運転は、障害物競走なのだ。

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オレ様運転をオークランド(NZ)でやると、ヒドイ目に遭いかねない。

一見ノホホーンとして見える南の島の移民たちは(サモアとかトンガとか・・・)
意外に短気な人が多い。
感情表現も豊かなので、カッとなったら怒りを全身で表現

「運転中は彼らに注意!横入り+クラクションはご法度」と、元警察官のダーリン。
この手の傷害事件は日常茶飯事だったそうだ。
しつこく家まで尾行されボコボコにやられる。
加害者は女性が多いそうだ。(注:みんな巨体、巨乳の範疇超えた椰子の実5個分サイズが美の象徴。髪に花を付けてても、鉄拳パンチは容赦しない)


メルボルンは、都会なのにとてもマナーが良かった。
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方向指示器を出すと、混んでても
「まままっ、どーぞ、お入りください。」
驚くべき紳士淑女たち。

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都会の人は冷たいなんて誰が言った?
運転する地区にもよるが、高級住宅地界隈ほど優雅な気がした。
ポルシェやフェラーリ、マセラッティに譲っていただくと逆に恐縮してしまう。

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以前、友人がスーパーの駐車場スペースで、出る車を待っていたところ

「ぐいっ!」

とその場所を横取りされた。

「ちょっと、こっちは待ってたのよ!(怒)」と怒ったら
中国人のおばちゃん、しらっと彼女の車を指差し、

「あんた国産、あたしベンツっ!!!」

と言い捨て、勝ち誇ったように目の前から消えた。

悔しいが妙に説得力有り・・・・・。
反論の余地無くスゴスゴ退散。



これはもう、街の差ではなく人格の差なんだろう。
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by ellie6152 | 2007-07-22 20:57 | 生活

2000年5月
すでに仕事で大忙しのダーリンから、車のキィと「頑張れっ!」の声援とともに
わたしのパース生活が始まった。
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久しぶりの専業主婦。
新しい土地での生活。
チャレンジは嫌いじゃない。
いつも、何かが起こりそうな予感でワクワクする。
NZもオーストラリアも所詮、日本人のわたしにしてみれば同じ外国だ。

荷物も無事に届き、今度は山と積まれたダンボールの中身を空にする日々。
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やっと一段落、ホッと一息。

たまたま通りかかったホームオープン。
1012㎡ (300坪)の敷地に古い家。
川にも街にも近い!
即決。

「自分たちの家を作ろう!」
ドリームホーム宣言。
新しい課題だ。

2000年7月
パース到着から2ヶ月半、また引っ越し。
そこに建ってる家に住み、デザインを練る。
エクストリームメイクオーバー改築か、更地にして新築かを迷う。
(以前NZオークランドにいた時に、改築改装経験済み)

2000年9月
住んでる家は取り壊わし建てるので、また引っ越し。

2001年3月
半年後、建坪100坪ドリームホーム完成! (あっという間にできました)
また引っ越し。

引っ越しばかりのパース生活幕開けだった。

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新しい家での生活にも慣れたある日、
「大学院にでも行ってみたら?」とダーリン、新聞の切抜きを渡される。

会計士のMBA版?
あさって願書締め切り?

面白そう、やりたい(主体性無く、すぐその気になる)。
もともと税金に興味があった(税金ってなんでこんなに高いののレベル)。
早速書類を掻き集め、大学の門を叩く。
「たのもーっ!!」

2002年2月
年に2科目履修のパートタイム学生生活が始まった。
合計12科目を終えるには、途方もなく先のような気がしたが、順調にクリア。
38歳にして、生まれて初めて「勉強してる」実感。

学生時代、悪運の強さと美しい友情によって、かろうじて落第を免れてきた私。
このチャレンジは豆腐の土壌に、バベルの塔を建てるようなもの。
何も考えず、泥沼の上に高層ビルや東京タワーをバンバン建設。
「疑いを持たない」は最高の武器。(母に後で指摘され、振り返り、しみじみ思う。)
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そんな折、またしても悪魔ダーリンのささやき、
「メルボルンに行ってみたいんだけど・・・・・」 (語尾、消え入りそう)

仕事も順調、家も新築、息子の学校にも満足、全てがパーフェクトなのに・・・。


ダーリンは決して「嫌だ」から「飽きた」から、変化を求めるのではなく、現在の満足な状況(=目標)を達成したための向上心故なのだ。
実際にこの時も、パース史上最高額の仕事をやり遂げたばかりで、小さな田舎町パースでの、次のチャレンジに値する目標を失ったからだと思う。

ダーリンは水泳の元NZ学生チャンプNZ記録保持者でもあった。
若い頃に国の最高峰(ちっちゃい国だか)に立った経験のある人は、チャレンジ精神旺盛なのだろう、きっと。
その点、メルボルンは都会だ。
もっと大きなチャレンジができる土壌がある。
地方から東京を目指すのと同じような感覚。
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人生は一度きり。
そしてそれは、案外あっけなく短い。
やりたいと思ったことは、状況が許す限り行動に移す。
やらなかったと悔やむより、やって駄目だった悔しさのほうが、ずっと意味がある。
確実にいつかは消える自分と、残した家族の思い出の中の自分、遺された自分が生きてゆくためにも。
満足して逝きたいし、満足させて逝かせたい。

「こんなことだったら、生きているうちにもっと好きなこと、させてあげるんだった・・・・うっ、ぅ・・・(すすり泣き)」という罪悪感を背負って後ろ向きに生きたくない。

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ゴング、鳴りました

里心防止のためにも、新しい土地へ行く前の身辺整理の意味もあり、
家を売ることに(一日で売れた)。
後ろは振り返らない。
明日は明日の風が吹く。
家族が健康で一緒にいれば、どこでだって楽しく生きていけるさっ!

2003年11月
早々と引っ越しの手続きを済ませ(もう慣れてます)、身辺整理を終わらせ(プロ級)、メルボルンでの滞在先を決め(用意周到)、わたしは息子と二人で、メルボルンでの生活下地を作りダーリンを迎えるため、先にメルボルンに飛びます。

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つづく・・・・
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by ellie6152 | 2007-07-19 18:40 | 自分史

自分史 その2


「つづく」と、書いたからにゃー、続けなきゃ。

皆さま、長らくお待たせいたしました。
(あらっ、待ってない?・・・・こりゃまた失礼しました)
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(演歌のノリでお読みください)


NZに到着後、仕事はヨロズヤ何でもします。
日本人、海外生活問題勃発だ
全て鎮火させます、わたしの熱意で。
英語がどぉーした、言葉が何だ。
みんな、同じ人間じゃん。
白いからって威張るな、ガイジン
・・・・待てよ、ガイジンわたしたち。

警察、病院、裁判所。
事故現場からお呼びでござる。
呼ばれて飛び出てジャジャジャーン!
わたしはハクション大魔王。
枕の下には携帯だ、24/7は当たり前。


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NZカウンセラー(問題解決人)時代で、根性の基礎が固まる。
何が起こっても動じない精神を培った。
英語は 「言ったもん勝ち」&「気合」
日本の常識察しの美学、こちらでは非常識
語学のイロハに開眼。
成績好くても、通じにゃ意味ナシ。

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1989年5月
仕事を通して警察官ダーリンと知り合う。
(決して捕まったわけじゃないってばっ!)


1989年6月
付き合い始めて「ビビビッ」
プロポーズを強要

1989年8月
偶然問い合わせた披露宴会場ホテルのキャンセルあり、即決
式当日まであとわずか・・・・・。


ヤバイ!!
親に言ってなかったっ!

わたし 「ママ、わたし結婚するの」
母 「・・・・・誰と? お付き合いしてたジョンさんと?」
わたし 「ううん、違う人!」
母 「・・・・あら、まぁ。。。。。」(ことばが見つからない)

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(自分でデザインしたドレス、なぁーつかしいっ!!)
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何はともあれ、家族(両親と兄)も間に合い、無事に結婚式。
こんなわたしの結婚を、喜んで祝福してくれた家族って、今考えると偉大
こーゆー人たちの間で育ったわたしは、本当に幸せモノです。
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これが今から18年前のお話

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その後ダーリンは警察を辞め大学法学部へ入りなおし、弁護士に。
1993年には息子も生まれ、そして父が逝った。

わたしは単発でテレビの取材コーディネーターをしたり、日本人のオペアトレーナーをしたり、日本のラジオのレポーターをしたりしながら、オムツや離乳食と格闘


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1997年
カウンセラーをしていた会社の現地オフィス再建のため
託児所とベビーシッターを駆使しフルタイム復帰
働くおかぁさん!
日本本社から全ての権限を委託され会社登録、オフィスのリース契約、人事などのマネージメントに携わる。

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2000年5月
息子の学校のために新しく買った家に移って半年後、
ダーリンの一声「パースへ住もう!」に翻弄されオーストラリアへ。
思い立ったら即行動するダーリンは全てを残し、
一足先に単身パースへ。

取り残されたわたしは
一気にシングルマザー

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後任者への引継ぎ、家や車を売ったり、引っ越し準備と海外移住に必要な手続きをフルタイムで働きながら母子家庭で3ヶ月間奮闘。

今思えばよく頑張ったと感心するよー。


ここからがまた、新らしい人生の幕開け。


つづく・・・・・・
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by ellie6152 | 2007-07-18 14:32 | 自分史

自分史 その1


ひと様のブログヘお邪魔すると
必ず見るのが、プロフィール

そう言えば、わたしのないよね、プロフィール

だから書きます、自己紹介。
話好きなの、長いわよ。

(昔はデジカメなかったので、本文と写真はカンケイありませーん)


さてさて、それでは
お目にかかったことのない、
みなさん、こんにちは!

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わたし的には、ちょっと前まで「国電」、「電電公社」に「専売公社」。
バブル全盛少し前、日本のベクトル上向きのマハラジャ世代
あの頃ディスコで今クラブ(「ブ」の発音がポイントなんでしょ?)

神奈川県の住人。
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22歳で大学卒業後、コネで花の丸の内OLに。
(短大卒有利、女子大卒不利の時代。男女雇用均等法施行1期生時代)
社食も美味しく、皆さん親切、仕事ヒマ
皇居のまん前、東京駅から3分。
旧丸ビルは薄暗く、ランチ@夜はオヤジ飲み屋に大変身。

 会社では、お茶の入れ方教わりました 

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 「新人類来たる!」 入社前のフレコミあったそうな。
入社式に、前スリットのスカートはいて足組んで、横にズラリとお並びの、
役員オジサマ群の目を釘付けにした、笑えるネタを提供しました。
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課長のアタマ「ポーン」って叩くと、周りの人が一瞬で凍りつく、って学びました。
(そんな彼も今、社長)
初任給の明細金額が少なくて、「こんなにたくさん働いて、何かの間違いじゃ・・・・?」って総務に素直な疑問をぶつけることは、慎むべきだと知りました。

学生時代のイベントの仕事、会社に内緒で続けてました。


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1年後に退社し、イギリスへ遊び語学留学。
1987年7月
今からピッタリ20年前、まさに昭和の最後の頃。


ロンドン到着、ホテルで170万円分のトラベラーズチェックを盗まれた。
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1年後遊び留学終えて、ヨーロッパ一人旅By電車。
パリから成田の飛行機、チェックインして乗り遅れ
荷物だけ定刻通りに日本帰国、わたしドゴール空港で大慌て。



帰国後即、JapanTimesで見つけたNZ現地カウンセラー募集記事。
100人以上の応募者の中での熾烈な戦い。

応募は郵送を完全無視していざ出陣!
社長に会って直談判(・・・つぅか、「お願い、お願い」って)。
お人よし社長は、強引さに負け、採用決定!(ほんと、いい人なのよー)



1988年9月1日
NZのオークランドで新しい人生の幕が開いた。
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つづく・・・・。
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by ellie6152 | 2007-07-17 15:42 | 自分史

ああ、消費、消費


半期に一度の大セールだっ!

オーストラリアの会計年度末は6月30日。
なので、セール。


足が自然にショッピングセンターへ。
魔法の4文字、「Sale」。
パブロフの犬も殺気立つ。


漁れ、消費だ、争奪戦だ!

テンションぐぐーんとアーップ。


「大人買い」の領域超えた「シニア買い」。


SheridanのBox型ベッドスカートを5つ(30%引き)、ローラ・アシュレイのクッション二つ(30%引き)、シーツセット2組、トイレマット2つゲット。
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(ローラ・アシュレイのクッション)
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リネンにこだわるダーリンには、コットン1000カウントのシーツ。
(寝ながらガリガリ掻いて、の点を付けるフトドキモノだが、まっいいか・・)

その後他店で驚きの1200カウントのシーツ発見!!
初めて見た。感激の最高数。
セットで半額、もちろんゲット。
綿なのに絹のような光沢と肌触り。
おほほほほっ、もちろんこれはわたし用ざんすっ。
誰にも渡さないざんすっ!

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(客間のスペア、デイベッド、クッション&枕11個)
クッション、枕類はたくさん配置するのがうち流。


先日泊まったお友達、
「クッションどけてもどけてもまだあって、なかなかベッドに入れなかった・・・」ってさー。
。。。。。。。くっくっくっ、奮闘する図を想像。
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(ゲストルームのベッド。クッション&枕10個+テディ)

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・・・・・考えてみたら、リネン類は、いつもセールしてる気が・・・・・。
安いかぁ・・・・・?


考えないようにしよう。


ダーリンの昨日買った芝刈り機1台35万円から見れば、まだまだ可愛いもんだ。


消費街道ぶッちぎり
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by ellie6152 | 2007-07-16 13:09 | インテリア&雑貨

偉大なるオージー


1ヶ月半前に契約したケーブルのプロバイダーから、ウンともスンとも言って来ないまま月日が流れた。


電話セールスマンの熱意に負けて
ドリンク+ポテトのセットがお得、に似た「インターネット+電話」同時契約セット特別キャンペーンにしたが、電話のほうが先に繋がり、オマケのペアのコードレス電話が送られてきた。
でっ、高速ブロードバンドはどこ・・・?
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先日初めて電話の請求書を受け取った。

「なぬっ?日本へ46分通話で1600円?」
「国際電話特別チャージが月に500円別途請求???」


はっ、話が違う・・・・・。
確か1分間3円のはずで、別途でチャージは無しと言われたのが契約の決め手。


速攻で抗議の電話。

担当の人、
「おかしいですね、日本へは格安通話料金は適応されません
「ケーブルの契約は承っておりません
とどめは、「ケーブルはお客様の地域には通ってません
否定形3段フル活用!

ああーっ、信じた私がバカだった・・・・・。


契約担当者のあの自信に満ちたケーブル売り込みは、いったい何だったのだろう・・・?
わたしの手元に残っている、契約番号は何処へ・・・・?


ガイジンはみんなオレ様主義

おまけに、いつでもどこでも文句を言っている(権利の主張とも言う)。

なのでその本人に直接、または文書で責任者宛に正式に抗議しないと意味が無いのである。
それ以外の人間に文句言っても、「わたしじゃありません、悪いのはっ!」って知らん顔。
挙句の果てには開き直り、マジ逆切れ



わたしはマクドナルドで、「お釣りが違う」と指摘したら足りない分を投げてよこされた。
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(怒りでピントも合わない)

完全に切れた私 「マネージャーを出しなさい!」With 腰に片手

スゴミ増した相手 「マネージャーはわたしだっ!!」With 両手を腰


次の瞬間、相手は忽然とわたしの目の前から消えた。
(家へ帰ったようで、他の従業員も目が点)


カウンターに取り残されたわたし。

ま、負けた・・・・


あんまり腹が立ったので、シドニーにあるマクドナルドのオーストラリア本部に抗議の電話。

あーなって、こーなって、と説明しているうちに激昂するわたしに、
「それはヒドイですねぇ・・・」って同情的だ。

ありがとうよ、おねえさん!

・・・・・・・ん、ちょっと違くない


わたしぐらいじゃ世の中変わらない。


ホント、すごいよー、オージー!
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by ellie6152 | 2007-07-15 17:41 | オーストラリア

海派と川派


パースは、海と川の風景が至る所に溢れている。
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(川の風景)
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(海の風景)

住む地域も、「海の近く」、「川の近く」、「内陸」と大きく3つに分けられ、基本的に水の側の住宅地のほうが値段が高い傾向にある。
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(川の住宅)
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(海の住宅)

さらには、部屋から「水」が見えるかどうかで、値段がドーンと一気に飛び跳ねる。


パースに来て初めて住んだ家は、2階から川が見えた「リバービュー」が売りの家。

2階はリビングとベッドルームになっていたが、キッチンやメインのリビングが1階にあり、ほとんどそこで過ごした。
2階にいる朝は大忙しで外を見る余裕もなく、夜は外がまっ暗で景色を眺めることなどない。
2階に上がるのも面倒で、上に持って行く物を階段脇に置いておいて、寝る時に大荷物を抱えて2階に上がるという「離れ」のような感覚。
イヤでも「目に入る」風景と、わざわざ「目に入れる」風景は違うのだ。


こちらに来て間もない頃、亡き義父と川辺を散歩しながら、「川派と海派」という話を聞いた。
昔はビーチの側に住んでいた元海派の義父は、川沿いに住む川派に転向したそうだ。


自分たちが買う家を探す時、いつも迷うのがやはり「川」と「海」。

海の側の住宅地はそれ自体がすでにリゾート。
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太陽の光をたくさん浴びたオシャレなカフェやレストラン、いつも活気に満ち溢れている。

川の側は正反対で、ひっそりと静まり返っている印象。
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川といっても幅があるので、まるで湖みたいだ。


わたしも以前は「海」に憧れていた。
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ホリデーで何度か「海の前」の部屋に泊まったが、あの波の「ザッザァーン」という音を聞いてると、どうも胸を掻きむしられる様な不安な気持ちで眠れなくなる。
何故か落ち着かない。
で、結局寝不足・・・・・。


現在は完全に川派。
水面はいつ見ても何事もなかったように静かだ。
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住んでいる住人の年齢層も高いので、「ああ、自分もこっち側に入ったんだ」と思う。
川の側を歩いていると安心した気持ちになり、心が浄化されてゆくのが分かる。
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わたしにとって海辺の陽気な雰囲気は、たまに行くからエネルギーをもらえるのであって、その中で毎日暮らすと逆にエネルギーを吸い取られるのかも知れない。


やっぱり川がいいなぁー。
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by ellie6152 | 2007-07-11 10:26 | パース